誰かにとって大切なもの
一週間ほど前からあさのあつこ先生の『バッテリー』について考えていた。とりとめのない思いをフォロワーの方に聞いてもらった時、感じたことがあったのでメモしておきたい。
この本を考えるきっかけになったのは「自分にとって大切な作品ってなんだろう?」という疑問を持ったから。
目の前にあるやるべきことを隅に置いて、自分自身が大切にしたいことってなんだろう。その時に主人公の巧を思い出した。
『バッテリー』は13歳のピッチャーをめぐる、さまざまな要素が詰まった作品です。
野球への渇望、親との関係、他人と自分との距離感…。どの要素をとっても考えさせられることがある。
巧は自分に対しても、他人に対してもまっすぐ。底には野球を通じた絶対的な核があって、それがぶれることがない。
巧のことを考えながら、以前あこがれていた人を思い出した。
その人の言葉を聞くといつもどきっとさせられていた。
彼女はどこにも存在しないことを言っているようにみえた。目には見えないし、誰でも感じることができるわけではないけど、でも確かにある誰かにとっての大切なもの。
そういったことを話していたからじゃないかな、と今でも半分理解できてないまま思う。
「これが自分の大切なものなんだ」と理解る感覚って、なかなか出会えないぼんやりしたものだと思う。どこかに書いてあるわけでも探し方があるわけでもなく、何も考えない日常の中では見つからない。
でも出会ったとき、確かに「あぁこれだったんだ」とわかる。脳の緊張がほどけていって、少しだけ胸のおくがドキドキするあの感じ。
そして見つけた時はとても大切なものだって思えるのに、信じられないほどすぐ忘れてしまうものでもある。
普段は無意識に素通りしてしまう。
それは他人に対する鈍さにも繋がって、相手の大切なものを認識できずに踏みにじってしまうことになる。正直ほんとうによく踏みにじってしまってる。
だからわたしは、わたしにとって大切なものについて話がしたい。言葉にしたい。ちゃんと自覚していたい。
いまのわたしにとって大切なものは、自分自身の好奇心と、自分の行動を抑圧するものです。
あなたにとって大切なものはなんですか。